建物を造っていくプロジェクトに関わっていく中で、様々な経験をしながら自分のスキルを高めていく事になる、と言う話を前回は取り上げました。
こうした話はどのような仕事であっても同じではないでしょうか。
そして、現実はいつも「少し力が足りずに色々上手くいかなかった」という感じでプロジェクトが終わることが多いのではないかなと思います。
次のプロジェクトではもう少し効率良く進めていくことが出来るはず、という思いを抱えながら経験を積んでいく、というような感じではないかと。
そうして少しずつ経験を積んでいき、自分がやっている業務を楽にこなせるようなスキルを身につける事が目標であると思いますが…
それがある程度達成出来た時には、恐らく会社は次のステップを用意しているものです。
会社というのは人材を育てながら仕事をこなしていくやり方をしますから、いつも「私には少し荷が重い」という感じの業務を与えられることになります。
いつも通りの業務で楽にこなせる仕事を繰り返しても、人はそれほど成長しないものです。
人材を成長させる為には、やはり少し厳しめの業務を乗り越えていくことが必要になってくるものですから、恐らく仕事をしている限りはそうした話になるかと思います。
…と、ちょっと話がそれてしまいまいたが、話を戻します。
こうして苦労して竣工を迎えた建物には、設計者も施工者も色々な部分にこだわりが出てくることになると思います。
「ここは苦労して納めた部分だけど綺麗に出来た」とか「コストを考えて仕上材を決めたけど、ちょっと失敗だった」など。
そうした感想が建物の様々な部分で出てくることでしょう。
設計段階と施工段階で苦労をしてきて、その苦労が大きければ大きいほど、そうした感慨は深いモノになっていくはずです。
ただ、ここであえて書いておきたいのは、こうした感慨とは全く逆の話で…
建物を利用する一般の方、要するに建築関連の知識をあまり持っていない方は、建物の納まりに苦労をしたなどの情報にそれほど興味がないものなんです。
今現在実際に建築関連の業務に就かれている方であれば、家族に完成した建物を見せた時の反応などを見て、何となく実感されているかも知れませんが。
ここはコスト的に苦しかったけど仕上材のグレードを頑張った、みたいな部分があると、関係者はそうした事情を知っているので「やっぱりこれで良かった」などの感想を持ちます。
しかし事情を知らない一般の方が同じ部分を見ても、関係者と同じような感慨を抱かないのは、残念ながら自然な事なのかも知れません。
私が特に感じるのは仕上材の産地とコストの関係です。
中国産の石が安いけどやはり国産の石を使った方が良いとか、そうした意見が結構設計段階でもあったりして、こだわりの国産で、みたいな事になる場合も時にはあります。
しかし正直なところ、余程目が肥えている方でなければ違いは分かりにくいものです。
もちろん少しだけ、しかし決定的な差があるのかも知れませんが、コストの差よりも大きな見た目や性能の差はないとどうしても思ってしまいます。
国産と中国産と、石材のサンプルが二種類あったとしても、石材メーカーさんに説明されないと産地が分からない、というような寂しい話があったりもします。
こうした考え方は人それぞれで、コストを抑えれば何でも良いという訳でもない、という話も当然あるのですが…
プロが見ても分からないような少しの違いですから、建物を運用する一般の方に分かるはずはありません。
設計者であっても施工者であっても、そのあたりも少し意識しながら業務を進めていき、出来るだけ有効な場所にお金をかけていった方がお客さんは喜ぶのではないかと思います。
設計者の仕上材に対するこだわりとか、施工者の納まりに対するこだわりというのは、なかなか一般の方には通じないものなんです。